David Bowie - David Bowie

David Bowie  作品毎に豹変していくカメレオンのような音楽性を持った男でもあるデヴィッド・ボウイ。そのデビューというのは実は相当古くて1964年頃のロンドンだった。1966年頃までは本名のデイヴィー・ジョーンズとして活動していたもののザ・モンキーズの同名人と混乱するという理由からボウイと名を変えたとの話は割と有名。ボウイの名を配してリリースを始めたのは1967年から。それまではシングルで曲をリリースしていた程度だったものが1967年になって初めてアルバム「David Bowie」をリリース。ちなみにそれまでの活動をまとめたのが「Early On (1964-1966)」というCD。

 ジャケットからして時代だよねぇ。でも聴いてみるとボウイのあの声なのでなるほど、と思ってしまう。そして中味については実は個人的にはかなり好き。この前のデイヴィー・ジョーンズ時代の曲も含めてかなり好きでさ、いや、そんなに他の人と差があるのかと言われるとそうでもないんだろうけど、声質っつうか、曲のセンスが好きでさ。この人の場合最初からロックとかそういうのを意識しているんじゃないから自然体のポップスっていう感じでさ。ビートルズとかストーンズみたいに目標とか目的があってミュージシャンやってるっていうんじゃなくて、自然にミュージシャンっつうか…、だから目指すべきものは自分の感性、みたいなのが大きい感じ。だから曲にしてもロックとかそういうのを意識することもないし、ブルースとかロカビリーとかあんまり関係なくって、言い換えれば世界で初めて聴くような曲ばかり生み出している人。だから常に変化していくし、時代を先取りしちゃうんだろう。

 このファーストアルバム「David Bowie」でもどれもこれもキャッチーでちょっとヘンで…、それは多分あまり聴き慣れない楽器の音がいくつも入ってきているからだと思う。どっちかっつうと喜劇的な楽曲が多くてキラキラしてる。やっぱ「Love You Till Tuesday」とか好きだしね。ボウイの原点って今でももちろん変わっていないだろうし、こういう作風がベースにあって、色々なアレンジしているだけなんじゃないかな。アコギ一本でやったら基本的にこの辺の曲も新曲?って言われちゃうくらいの芯の通ったボウイ風ってのがあるもん。いいな、こういうシンプルなの。

 まさかここから5年でジギーのあの派手なステージと煌びやかな衣装とメイクの宇宙人になるとは誰も予想できなかっただろう。もっともその前に有名な女装があるけどね。そういう世の中をナメ切ったスタンスがロックだったのかな。昔はボウイってどこがロックかわかんなかったけど、多分そういう生き方の面では滅茶苦茶ロックだもん。

David Bowie - Space Oddity

Space Oddity  ボウイがデッカからリリースしたファーストアルバムはまだまだボウイの非凡な才能の片鱗が見えたレベルだったが実質のファーストアルバムとして語られる「Space Oddity」では明らかに彼の音楽の方向性を示している。時代的にも丁度人類が月に降り立つという記念すべき年にリリースされたことも運の良さがあるのだが…。アポロ11号が月に降り立つ正にその時にBGMが「Space Oddity」だったらしい。今ほど情報がない時代なのでその歌詞について深く言及されることもなく、タイトルだけで流されたらしいがそのインパクトは絶大なものだったに違いない。あれよあれよという間にヒットした「Space Oddity」だが、今聴いても新鮮で印象的且つ古さを感じさせないところがボウイサウンドの面白さ。映画「2001年宇宙の旅」ともシンクロするし、「宇宙」というキーワードに焦点を当てたところはセンスが光る。ホークウィンドなんかもこの時期だったと思うけどやっぱその辺はポップさの違いかな。

 ボウイって今でもそうだけどロックというフィールドの人なのかな、と一見するだけではわからない。この後の名盤「Ziggy Stardust」あたりは見てくれも完全にロックなので納得するんだけど、この頃はまだまだそんな気配はあまり感じられない。でも収録されている曲がどれも普通じゃなくて面白いんだな、これが。いわゆるフラワームーブメント時代の音楽なのに洗練されていて、不思議な音。で、ボウイの掴み所の無い声が12弦アコギと共にフワフワと奏でられ、でもちょっとサイケな空気もある、みたいな感じ。楽曲そのものはよく練られているのか、曲構成なんかもちょっと複雑。今思えばヒッピーサウンドの発展系みたいなもんだけど、それにしちゃセンスがありすぎる(笑)。

 「Unwashed And Somewhere Slightly Dazed」での静と動のコントラストの美しさ、恋人に捧げた「Letter To Hermione」や「Janene」の美しさ、「Cygnet Comunittee」や「Conversation Peace」のただ単に長いだけの曲でもない物語性のある想いの伝わる楽曲などどれもこれも今再度これらだけでライブをやっても十分に受け入れられそうな珠玉の名曲は「繊細」という言葉がとても似合うだろうか、透明な薄いガラスの上で奏でられるような感触で、大変素晴らしい。以降のボウイはいずれ語るにせよ、本作でボウイの本質的な才能は十分に聴けるし、今でもデモテープの段階では同じような形で作られているようなので、基本的に変わっていないのではないだろうか。1999年リリースの原点回帰作「hours...」ではほぼ同じような骨格が聞けるので、これも時の差を感じることなく聴ける秀作。

 時代は宇宙へ、と言われながらもなかなか一般庶民レベルには体感することのない現代だが、それが故にこの名曲「Space Oddity」はいつまでも新鮮に聴けるだろう。たとえボウイが「Ashes To Ashes」でトム少佐を抹殺しようともそれは変わらない。

David Bowie - The Man Who Sold The World

世界を売った男  デヴィッド・ボウイという人は不思議だ。ジギー時代だけを見れば特にそうは思わないがそれ以前となるとやっぱり不思議な人という印象。マージービート全盛期に出てきてはいたものの全く売れずにそのまま消沈、マイムの世界を歩きながら今度は三人で活動、その間にイメージフィルムとした短編映画みたいなのにも出演している。まぁ、演劇的な要素に興味の方向が強かったのでそういうのがいくつか残されている。だから初期のボウイを漁るとそのヘンの若々しい姿が見られる。そしたら今度は「スペース・オディティ」で一躍スターに…、これはもうアポロ11号の月面到着時の影響だろうけど、歌詞はかなり意味合いが異なるのでどうなの?とは本人の弁。それでもボウイ自身の退廃的な生活は直らず、そのままセカンドアルバムとして、これもまた傑作「世界を売った男」がリリース。この時点で既に後のSpiders From Marsのメンツが揃いつつあることとなる…。

 1970年リリースの「世界を売った男」。タイトルが凄いよね。お前は世界を持っていたのか?と問いたくなるような代物だが、内容がこれまた素晴らしくロックでして…、しかもこの時代特有のアングラさではなく明らかに一線を画したメジャーフィールドに鋭い破片を投げかけるような作品。洗練されていて且つ時代に沿ったアグレッシヴな演奏もこなしている。それは冒頭の飽きることのない素晴らしくロックな「The Width of Circle」の8分以上もの演奏からしてわかるでしょ。初っ端から8分のワイルドな音ってどうよ?ロックに目覚めてきたな〜というか、まだまだアコースティックもいっぱい入っているんだけど、明らかにエレクトリックなロックの世界、それにしてもベースのミック・ウッドマンジーのブイブイさも凄い。そしてボウイが不思議なのはどれもこれもがデヴィッド・ボウイという名義で続けていることだ。これほどのバンド感を出しながらバンドはバンド、として扱っているのが凄い。時代的にはどう見てもバンドであるべきだし、メンツも実際そうなっているのにやっぱり個人だったんだよね。結果は正解だったワケだけど、センスが凄い。そんな風に冒頭三曲はグイグイとロックなプレイで進んでいくんだが、「After All」で一気にこの後もボウイが奏でていく美しくも妖しい、そしてメロディアスながらも鋭い独特の歌が聞こえてくるのだ。こういうのがボウイの個性かねぇ…。

 そうそうジャケットがさ、面白いことに日本盤、アメリカ盤、英国盤って全て異なっているのも不思議なんです。英国盤がオリジナルなんだけど女装してソファに横たわる姿はあまりにも倒錯的だということでアメリカでは見送られて、変わりにどうでもよいマンガチックなジャケットに差し替えられていて、中身の神秘性が全く損なわれてしまったというもの。日本は…、まぁ、この時代だからいつものことながら独自ジャケ路線だったんだろうけど、片足上げてモノクロのヤツね。まぁ、悪くない。昔は英国仕様のジャケットなんてのがレコ屋に飾られていて5万円とかの札が付いてたのを見かけてた…。

 さてB面…、「The Running Guns」から「Saviour Machine」なんてもう往年のハードロックと言っても差し支えないくらいの迫力満点のロック。ボウイの声が軽過ぎる感じでねぇ…、意外と聴かれないしライブでも出てこないからマイナーな曲だけど面白いんだよ、こういうの。英国的B級サウンドとも言うべきか(笑)。それは続く「She Shook Me Cold」にも引き継がれていくんだけど、単にそれぞれの楽器の個性が強くて纏まりきらないってのかな、自己主張が強いっつうのか(笑)、好きだねぇ〜、こういうの。そしてタイトル曲「世界を売った男」となるが…、自分がボウイという人を聴くきっかけになった曲でもあります。あ、ニルバーナのカバーとは全く無縁でして、もっと前の話でね。もちろん「Let's Dance」とかあったからガキの頃から名前は知ってたけどマジメに聴く感じではなかったんだよね、ボウイって。やっぱソロだったからバンドの印象ないし。でもね、この「世界を売った男」を聴いた時にこれは面白い、って思ったんだよ。艶めかしいギターの音色と不思議な浮游感、そして軽いボウイの歌声で、サイケってんでもなくってさ、何というのかトロ〜ンとしてるっつうか(笑)、聴いたことのない世界を持った曲だったから。そんでタイトルが「世界を売った男」でしょ?なんじゃこりゃ?ってね。

 ボウイのアルバム数あれど、「世界を売った男」は間違いなく上位3枚に入るアルバムのひとつですね。「ハンキー・ドリー」も恒例なんだけど、とにかく心の奥深くに入ってくるようなアルバムで普通のロックアルバムという感覚では聴いてない、不思議な人の不思議な作品。

David Bowie - Hunky Dory

ハンキー・ドリー  1969年人類は初めて月に降り立ち、宇宙開発という壮大なる夢の第一歩を踏み出した。文明国の大半の人間がその映像に釘付けになったが、特に英国に於いてその映像と共に流れる音楽の印象的だったこと。それがデヴィッド・ボウイと言う若者の歌う「Space Oddity」と知れ渡ってから彼は一躍有名になったものだ。もっとも「Space Oddity」という曲の歌詞は決して宇宙旅行に相応しいモノではなかったのだが…。

 そんなボウイが1971年に放った個人的には3本の指に入る素晴らしいアルバム「Hunky Dory」を取り上げてみたい。思えばThe Whoの「Who's Next」も1971年作、Zeppelinの「IV」も1971年の作品で、既にロックが確立されつつある中、ボウイはまだジギーに行き着く前のキャリアだったワケだが、それでも同じ1971年に「Hunky Dory」と云うロック史に残る傑作を生み出してたワケで、やはり偉人の才能があったんだろうなぁ。  ボウイとの出会いってのはなかなかこれ、ってものがなくって、強いて云えば「Let's Dance」や「戦場のメリークリスマス」だったりするんだけど音的にマジメに入って行ったのは何だったんだろう?結構不思議だけど、この「Hunky Dory」は早くもなく遅くもない出会いだったような気がする。ジギーとかの後だったのは覚えてるけど。最初期からこの頃までのボウイの曲はアコースティック中心の、云ってみればカウンターカルチャー的な曲ばかりで歌詞にしても独自のヒッピー的見解と空想が入り混じったもので面白いといえば面白いんだけど、別に取り立ててっていうものではない。

 でもね、このアルバムはそういうのがうま〜く連鎖反応してボウイの天賦の才能の片鱗がキラキラと輝いて聞こえてくる良い〜曲が多いんだよ。全部じゃない、全部じゃないけど、多い。だから名作にはならないけど凄い良いアルバムなのだ。中でも凄く綺麗で涙が出てくるくらい美しいのは「Life On Mars?」だねぇ。コレ一曲のためにこのアルバム買っても損しないくらい良い曲。面白いことにちょっと前のツアーでもライブで歌っていたんだけど、最近の歌の方が更にこの曲の良さが引き立っているしボウイの歌も心に染み入ってくるっつう、正に曲が育っているんだよな、それくらい素晴らしいんだけど、その原点がこのアルバムに入っているんだよ。もうひとつね…、「Quicksand」。これは別にバラードとかじゃないんだけど、ボウイならではの曲調でフォーキーだよね。うん、つぶやくようなメロディとサビのラインが綺麗でねぇ…、そういえばさ、このアルバムで鍵盤弾いてるのリック・ウェイクマンなんだよね。そう、この後イエスに入るんだけど、もしかしたらこのままジギーなボウイと一緒にやっていた可能性もあったんだろうなぁ、と。だって、あの格好ならジギーと一緒にステージ立てるもんな(笑)。そういうとこも考えてみると面白い。ちなみに他のメンバーはミック・ロンソンも含めてほぼジギー期の面子が揃っているしね。

 それからさ、うん、「Changes」はまぁ、アルバム冒頭を飾るには良い曲で頑張ってるボウイさんなんだけど、ここから次の「Oh! You Pretty Things」の始まりのピアノが良くってね、もちろん歌もピアノ中心に歌われてるし、やっぱメロディーセンスが突出してる。ここから続く「Eight Line Poem」の実に味のあるミック・ロンソンのギターイントロソロがこれまた切なさを出してて良いんだよ。呟くようなボウイの歌と、やっぱりピアノの伴奏が見事に噛み合ってる。で、「Kooks」。これはねぇ、うん、キャッチーでポップなメロディなんだけどやっぱアレンジがヘン(笑)。こういうの聴いてるとボウイってやっぱ英国のアングラアーティストだったとしてもおかしくないよな、って思うもん。ケヴィン・エアーズあたりとやっててもおかしくないような曲なんだよ。「Fill Your Heart」もピアノとストリングスで始められる軽快な曲なんだけど、やっぱりメロディセンスが光っていてさ、ちょっとコメディ的なのもらしいところかな。「Andy Warhol」の冒頭のしゃべりとかさ、面白いよね、こういうの入れるのってあんまりない時代でさ、やっぱアングラ人だよな。それでいてアンディ・ウォーホールって歌作っちゃうワケで…、この辺はヴェルヴェッツに入れ込んでたんだろうな、ってのがわかる。曲も正にアングラ(笑)。でも、メロディはさすがなんだよ、ほんとに。そしたら今度はボブディラン向けの曲になるわけで、これもボウイの素直なトコロというかわかりやすいっつうか…、それでいて今度は心に染み入るメロディとピアノで構成された初期ストーンズでも歌いそうな曲ができちゃうんだよ。ストーンズっつってもロックじゃない方の側面ね。美しい…。

 「Queen Bitch」は、まぁ、これも言わずもがなの曲だからいいんだけど、ヴェルヴェッツを意識したボウイの代表作になっちゃってるかも。で、実は凄くヘンだけど興味深いのが最後の「The Bewley Brothers」かもしれん。メロディライン、アレンジ、楽器の構成、歌、どれをとってもサイケデリックっつうか幻想的っつうかドラッグやってなきゃわからんだろっていう感じなんだけど、全てが優れている素晴らしい曲。

 やっぱ凄いな、マジメに聴いたの久しぶりだったけど、やっぱボウイって捉え所のない人だ。ロックなのか?と問われると回答に困るハズなんだけど「当たり前だよ」って言ってしまう人だもん。このアルバム以前の曲だけ聴いてたらそう答えられる人いないと思う。でもね、やっぱ凄くロック。知的で排他的でナイフのように鋭い感性を持ったロック。そのセンスがね、片鱗がね、ホントにチロチロと見え隠れしてるアルバムでさ、今でもシーンでは異色な作品だと思う。うん、いいな。

David Bowie - The Rise And Fall Of Ziggy Stardust And The Spiders From Mars

ジギー・スターダスト  超メジャーなアンダーグラウンドアーティストと自認しているデヴィッド・ボウイ、本ブログ3度目の登場となるが、ルー・リードとの交流が盛んだった1972年はボウイが最も活動的な年で、名曲「All The Young Dudes」なんてのも簡単にモット・ザ・フープルにあげてしまうくらい創造力旺盛だった頃。ルー・リードヴェルヴェッツを抜けてもやもやとしていた頃にイギリスに呼んでライブを行い、再度活性化させたのもボウイの助力だ。

 そんなボウイが世間を驚かせてメジャーになった作品、そしてロック史に残る傑作と言えば「Ziggy Stardust」を於いて他にない。当時本人はコンセプトアルバム的な志向で制作していたワケではなく、出来上がった曲と出来上がった歌詞でひたすら湯水のように曲を垂れ流していただけのようだが、それにしても優れた楽曲が多く生み出されていて、こないだリリースされた30周年記念盤やライコ盤にはそれらの破片が多数ボーナストラックとして収録されているので、聴き所満載。時期的にはニューヨーク・ドールズがアルバムをリリースする前から強烈な中性的メイクを施し、浮世離れした存在として世間にアピール、もちろん有名なカミングアウト宣言もメディアを賑わせたり、その証拠としてルー・リードとの有名なキスシーン写真もあちこちで見かけられた。頭の良いボウイなだけに全て計算ずくだったことは後に有名となった話だが、そういった宣伝活動を差し引いても、というかそれだけの宣伝をする価値が大いにある名盤でしょう。

 あと5年で世界は滅びると歌った「Five Years」による歌詞はともかく、一本調子のサウンドで進められる中、ボウイの歌唱力(表現力)だけでその危機感を紡ぎ出し、聴いているものを引き込んでいく術は見事なもの。後のピンク・フロイドがこのような手法で一本調子のバックから雰囲気を作り上げていく完成形を提示しているんだけど、まあ、あんまりそんな風には語られないな(笑)。きっと他にも事例があるんだろう。「Soul Love」・・・「Stone Love」、正反対の意味が語呂合わせで使われるこの曲もギターの音が中音域に集中していて、なんとなく狭量な雰囲気を出しているってのは歌詞の内容とも合わせているのでは、ってのは考えすぎなのかな。で、大好きな「Moonage Daydream」。ミック・ロンソンの宇宙空間に飛び出すようなエフェクトをかけたギターソロが永遠に続くかと思うくらいに迫力で迫ってくる名演のひとつ、そして楽曲そのものの完成度も非常に高くって単純に感動してしまうんだな。続けてさりげなくイントロの12弦ギターが鳴り響く「Starman」、これも絶対に外せない名曲中の名曲、サビの下りなんて美しいという言葉しか思い付かない珠玉のメロディー。異論はあるまい・・・いや、あってもいいけどさ(笑)。あ〜キリがないな・・・。

 同じように旋律の美しさが際立っている「Lady Stardust」も曲の繊細さが上手く表現されていて最高傑作だね。この頃のボウイの細くて甲高い歌い方が実にマッチしているところがマルなんだろう。そしてボウイと言えば「Ziggy Stardust」と言われるくらいに定着している名曲。オープニングのGコードだけでなぜか鳥肌が立ってしまうという不思議な曲で、最後の最後、「And Ziggy Played... Guitar」のフレーズが涙をそそる何度聴いても飽きない、どころか何度聴いても涙するという感動の一曲。で、これで終わらないで最後に「Rock'n Roll Suicide」がまだある、ってのがもうどうしようもないくらいの名曲。「Gimmie Your Hands... Wonderful!」のリフレインで感動して、更に最後の最後のエンディングの展開がひとつの物語の終焉を見事に表現していて、また「Five Years」に戻るっつう聴き方を何回したことか(笑)。

 いやぁ、本当に好きなアルバムなのでつい書きまくってしまったんだけど、出会ってこの方3桁近くは聴いたと思う。ほとんどギターでコピーしてみたけど、全然そんなの意味がなくってさぁ、やっぱこのメンツでこの時期だから凄いんであって、ギター弾いたくらいじゃ意味なくって、途中から聴き込んでしまうんだからしょうがない(笑)。こないだの日本公演でも最後3曲は「Ziggy Stardust」からだったしね、やっぱ凄いよ。ライブ盤ライブ盤で良いんだけど、やっぱコレはスタジオ盤だね。ライブ盤では何故か今だにジェフ・ベックと共演した2曲が未収録だしさ。あ、でもDVDは見た方が良いでしょ。時代を感じる作品ではあるけど、やっぱ全盛期、凄い。「My Death」が凄く好きだなぁ。

David Bowie - Aladdin Sane

Aladdin Sane  1973年、時代はグラマラスなロックの方向を向いていた、にもかかわらずいち早くグラムロックの風雲児でもあったデヴィッド・ボウイはZiggyを殺した。この頃からDavid Bowieという人は常に最先端の先を走るカメレオンアーティストになったとも云えるのかな。ボウイさんのアルバムの中で一番語られているのは多分「ジギー・スターダスト」。そりゃもちろん傑作名盤ですけどね、その実翌年にリリースされたZiggyさんとの決別ともなった「Aladdin Sane」は作品の質もまるで申し分なく、もしかしたら「ジギー・スターダスト」よりも好まれる…、深い曲が多く入っているアルバムなんですよね、自分的には。

 「Aladdin Sane」、象印マホービンからインスパイアされたと言われるこのヘンなアルバムジャケットの美しさ、正に宇宙的♪そして何よりも「ジギー・スターダスト」で鍛えられたバンドメンバーのまとまりを残しつつも更に飛躍させた作品として実に冷静でクールな音を出してきた。基本的にはR&Rではあるんだけど、歌が巧いというワケでもないボウイさんのアーティストの側面が際立っていて、コンポーザーとでも言うのか、空気をしっかりと出している作品。おかげでボウイのライブの中では結構「Aladdin Sane」からのチョイスが多いんだよ。いや~、ホントにね、凄い曲ばかり。それでいてアルバムとしては割と短時間で聴き終えてしまうので充実度が高い。

 「Aladdin Sane」のコーラスとピアノの美しさってありゃしないし、どこか切羽詰った感じの強い「Drive In Saturday」なんかも美しい。後のソウルボウイで大きく変化していく「Panic In Detorit」、お茶目な感じのロック「Cracked Actor」、そして世紀の名曲じゃないかと思っているピアノの美しさと冷酷さ、そしてロックじゃない世界を融合していながらもポップスよりもメロディアスな涙の流れる「Time」、マーク・ボランを思い出す「The Prettiest Star」、そんな名曲を簡単に作り出せるにもかかわらず、大好きなR&Rへのオマージュなのか、The Rolling Stonesの「Let's Spend The NIght Together」を疾走感たっぷりにソリッドに載せていく。「Watch That Man」「The Jean Genie」はお得意のチープなR&Rで世界をバカにしている感じが良いのかも。最後の「Lady Grinning Soul」もまた美しく輝く一曲。捨て曲なし、捨て曲と言うならばストーンズのカバーだけど、捨てられないでしょ、それ(笑)。

 こんなに才能溢れている時期で他のバンドやアーティストにも曲をあげたり、プロデュースしたり超多忙を極めていたみたいなんだよね。それでいてZIggyを抹殺して次なる自分のステップに踏み切ったという野心は凄いと思う。もっとも偉大なるアンダーグラウンドアーティストとも言われているので一つ所には留まらなかったのだろうが。最近はまるで音沙汰を聞かなくなったボウイさんももう60過ぎててそりゃそうか、と。旧譜は何度もデラックスにリリースされたりするんだがなぁ。そういえば「Aladdin Sane - 30th Anniversary Edition」も30周年記念盤ってのが出てたな。最近はそういうデラックス盤よりもオリジナルの方がやっぱり良いや~って思うことが多いんで結局あまり聴かないんだけど、レアなものはレアだから…。 ふとアマゾン見てたらTシャツまで売ってるんだね。なかなかかっこ良いじゃないですか(笑)。

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David Bowie - Pin Ups

ピンナップス  ストーンズの名曲「アンジー」で有名なボウイの奥方だったアンジー、ボウイがジギーになったのも彼女のアドバイスがあったから、そしてカバーアルバム「ピンナップス」もアンジー選曲によるものだった。もちろんボウイの好みも多分に入ってるのだろうから、恐らく二人とも似たような音楽の趣味だったんだろう。で、ボウイって人の曲をカバーしてやることって全然平気な人で、ライブでは当たり前のようにヴェルヴェッツの曲とか今でもやってるし、こういうアルバムも全然平気だっただろうし、楽しんでいたんじゃないかな〜と思うね。

 通常のボウイのカバー曲って大体がテンポを落として歌いやすく雰囲気を出してってのが多いんだけど、ここに収録されているものは逆にテンポアップ…と言うかシャープでタイトなスピードでカバーしているものが多い。バンドはスパイダースを使っているのでジギー時代の名残とも言えるバンド感によるものの影響かもしれないけどね。しかしまぁ、プリティ・シングスから始まってゼム、そしてヤードバーズと60年代ビートロックの代表的なバンドの作品をパンク以前にパンク風にアレンジしてシャープにプレイしているワケでかなりかっちょよい。だから原曲に辿り着く必要がないくらいのものなのだ。

 そして4曲目にはシド・バレットの大好きなボウイの、そしてアンジーもか?「See Emily Play」がなかなかサイケデリックな雰囲気を出しながら忠実にカバーしている、と言えるんじゃない?まぁ、やっぱりシャープになっちゃってるんだけどさ(笑)。次のMojosはそれほど有名ではないので知らない人の方が多いと思うんだけど、こうしてこのアルバムでボウイの声で聴く凄くかっこよく聞こえるんだよな。で、云わずと知れたフーの名曲。テンポダウンによるカバー…、これだけでなくってボウイがフーをカバーする時は大体テンポダウン。もちろん大正解のアレンジなんだけどね。そんでもってイージー・ビーツ、これも60年代のビートバンドの代表的なもので、やっぱり好きなんだねぇ〜っていう感じだわ(笑)。

 次の「Sorrow」はマーシーズというバンドの曲なんだけど、1984フロアショウでのボウイを知っているととてもカバーとは思えなくて、ボウイのオリジナルに聞こえてしまうくらい持ち歌にしてしまってると思う艶めかしい歌。いいね。次はまたまたプリティ・シングスで、やっぱりビートが効いた軽快なカバー。そしてヤードバーズをもう一曲♪ 結構原曲に忠実なのはベック時代だからなのかもね。そしてテンポダウンカバーがもう一曲…、そうフーの曲だよね。最後にはボウイがかなり好きなキンクスのカバー、キンクスよりもちょこっとゴージャスに展開するけれど、原曲に忠実なカバーで、なかなか楽しめる一枚♪

 ちなみに昔ライコから出たCDのボーナストラックには若き日のブルース・スプリングスティーンの作品「Growin' Up」をボウイが歌うものと「Sorrow」のシングルB面曲だった「Port of Amsterdam」という静かな美しい曲が入っていたものだが、今では多分このCDは手に入らないんだろうなぁ。曲そのものは多分どこかで入手できるでしょう、多分。

 ジギーからの脱却という意味でひとつの線を引くために制作されたカバーアルバムだったみたいだけど、また今でも作って欲しいね、こういうリラックスできる作品は。アーティストの原点もわかるしなかなか面白い試みで、しょっちゅう聴かないけど割と好きな作品。

David Bowie - Station To Station

ステイション・トゥ・ステイション  <FOREVER YOUNG CAMPAIGN 2015>対象商品  2016年年初に他界したボウイさん、プリンスの逝去と共に思い出されたように合わせて書かれているものも多くて、一般人的には同じ80年代に名が上がっていたミュージシャンという括りで記憶に残っているんだなぁ、と改めて自分の認識と一般的認識との違いを感じたものだ。自分的にはもちろんボウイというアーティストとプリンスとはまるで相容れることのない別の世界でのミュージシャンだとカテゴライズされてるからさ、時代で切り取ればそりゃそうかというのはあるが、なるほどね、と。てなことで、じゃ、ボウイさん、何か書いてないのあるかな〜とアルバム並べてブログを見てみればふむふむ、まだたくさん書いてないのはあるなと。

 ってことで今回はボウイの1976年リリースの作品「Station To Station」。ジギー卒業後からアメリカサウンドへシフトしていきグリグリのソウルへの傾倒、ドラッグ依存などからもっとも妖しく艶めかしい時代でもあり、そこで映画「地球に落ちて来た男」への出演となり、その音楽も自分で担当したいからということで楽曲録音を開始したものの映画には採用されず、自身のアルバムとしてリリースする運びとなった作品、サウンド的にはそれまでのアメリカソウルサウンドからヨーロッパ寄りへの暗さを持った長尺作品が増え、またヨーロッパへの回帰の兆しが見られる作品。聴かせる歌が多く、正直どれも名曲と言って良いレベルの出来映えを誇る見事なアルバムでもある。冒頭からして10分以上の重々しい作品でスタート、これが不思議な事に全く飽きさせることのない曲になってて、展開も楽しみだし、この長さが苦にならないんだな。アルバム全部で6曲しかないのは能力の欠乏ではなく、意図的にレベルの高い作品だけを簡潔に聴かせるという志向からか、見事にそれが功を奏してて、昔ほんとにこればかり何度も何度も聴いてたもん。

 ジャケットは「地球に落ちて来た男」のワンシーンから採られたモノで、この頃のボウイの妖しさはしっかりと見られるね。この頃のテレビ出演の映像とか見るとホントにもうガリガリのボウイで、よくあれで生きてるな、歌なんて歌えるレベルか?ってくらいでさ、ドラッグやり過ぎなのは目に見えて分かるくらいだった。もちろんリアルで見てたワケじゃないけどね。よくもまぁ、それがこういう作品創れたものだと思うとやっぱりドラッグの想像力って凄いんだなとも思ってしまう。しかしヨーロッパ寄りのアルバムになりつつあるもバックメンバーは黒いからかやっぱりグリグリしてる部分は多いな。妙な混ざり具合こそがロック、うん、それでも傑作の一枚です。

David Bowie - Low

Low  昨日ケイト・ブッシュを聴いていて、う〜ん、こういう音楽かぁと感心していたのだが、ふと同じようなアンビエントなものを聴きたくなって引っ張り出したのがデヴィッド・ボウイの「ロウ」でした。  多種多様のジャンルを時代より先んじて実践していたボウイが前作「ステイション・トゥ・ステイション」でヨーロッパ人としての認識を再覚醒した結果ベルリンに移り住んで奇才イーノとこの頃の盟友イギー・ポップと籠もりきりで生み出したアルバムが「ロウ」だ。

 研ぎ澄まされたボウイの感性とイーノの超個性が融合し、ボウイというメジャーなブランドがあったにもかかわらずアルバムはポップからはほど遠い実験音楽の主戦場となった。確かに聴いていると恐ろしいまでの緊張感とエッジの立った空気の緊密度がアルバム全体を包んでいるし、特に後半(レコード時代はB面)での、何というか、あっちの世界に行きそうになる「ワルシャワの幻想」なんて正にアルバムの象徴曲と云えるだろう。

 2002年のライブで唐突にアルバム全曲を通して演奏するという快挙を成し遂げ、ファンを驚かせたこともあったが、その時のライブではやはりこのアルバムほどの緊張感は到底出せなかったし、やはり時代の産物なんだろう。初めてボウイを聴く人には絶対勧めないけど、ボウイのカメレオン的音楽趣向に興味のある人には是非10回以上聴きまくることをお薦めする。…と言うよりも、それくらい聴かないとこのアルバムはピンとこないから。やっぱりアーティスティックなアルバムなので前衛的だし、決して万人向けではないから。でも、その面から聴くとやっぱり強烈な作品だから、一人で籠もって黙って聴いてみるとその緊張感が心地良くなるんじゃないかな。

David Bowie - Heroes

Heroes  フリップとイーノの合体劇の究極の形のひとつにボウイを交えた傑作「Heroes」がある。こういうのってのは時代の産物っつうのか奇跡の遭遇というのか…。ボウイがベルリンに籠もり、イーノと実験的なサウンドを繰り返していた時、イーノが共感した友人フリップを呼び寄せてこの奇跡のコラボレーションが実現したという。そしてボウイはベルリンの壁で抱き合う恋人を見て「Heroes」という名曲を創り上げた逸話は有名な話。

 何と言ってもあのフリップ卿が全編独特のトーンでギターを弾いているにもかかわらず、そしてイーノが効果的なサウンドをあちこちに入れているにもかかわらず、そのどちらも見事にひとつの味付けとして操ってしまっているボウイの才覚の凄さを改めて実感するという聴き方もあり、そうやって聴くとこの作品の凄さに気が付くのだ。前作「Low」では正に研ぎ澄まされた感性を最大限に生かしたイーノとのコラボだったが、この「Heroes」はどちらかと言うと深みを増した作品で、研ぎ澄まされたという感じではなくってね、もうちょっと歌に力を入れているかな。しかしまぁどれもこれもが素晴らしい曲ばかりで何度聴いても絶対に飽きない深さはやはり名作と呼ばれるだけのことはある。

 この作品では実はもう一人の立役者がいることはかなり見過ごされているのも面白い。10年以上もボウイのパートナーをやっていた黒人ギタリスト、カルロス・アロマーだ。ボウイがジギーを捨ててファンキーなサウンドに走った頃からバックで弾くようになり、そしてまたボウイが「Let's Dance」でスーパースターになった頃も一緒にやっていた人なのだが、その間の通称ベルリン三部作を含むボウイのアルバムには全部参加しているのがこの人。で、「Low」でも「Heroes」でもボウイやイーノ達と共にコラージュサウンドを試したり、実に見事にアルバム作りの要素に関わっていたのだ。そのセンスも結構凄いよな。

 「Heroes」という名曲については今更語るまでもなく、あのロングトーンが印象的なのだが、近年クリムゾンがライブのアンコールでこの曲をラストに持ってきていたようで、そこでは正にオリジナルのギターを聴かせてくれるという贅沢。クリムゾンファンが感動するよりもボウイファンがそのオリジナルのプレイを満喫する必要があったのかもしれない。まぁ、何かのイベントででも二人が共演してくれれば良いんだけどね。

 今年の5月末日、ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアがソロライブを行った際に、スペシャルゲストとしてボウイが登場して「See Emily Play」と「Comfortably Numb」を歌っていた。後者はさすがにボウイ独自の解釈だなぁと痛感したが、もっともこの人は他人の曲も平気でカバーするので、結構独自解釈が面白かったりするね。

 んなことで、偉大な三人が出会って制作された奇跡の一枚とも云える「Heroes」。秋の夜長に相応しいねぇ…。

David Bowie - Stage

Stage  David Bowieのライブ盤「Stage」。1978年の日本公演も有名だけど、その時のツアーの様子を編集してリリースしたライブアルバムで、最初聴いた時は何とも冷めたライブアルバムだな…って思ってそんなに聴かなかった。この人の場合はスタジオ・アルバムの方が出来が良いし楽しめる要素多かったからね。それでも何度か聴く事はあって、こないだはようやくライブの曲順通りに並べ直されてのリマスター版がリリースされたってこともあって、ようやくライブそのものの楽しみが味わえるようになった。

 だからと言ってもちろんアルバムの印象は変わらないけど、冒頭からあのベルリン三部作の異様なテンションで始まると言うのはなかなか魅力的。もうちょっとバンドがかっちりと演奏をキメていたらもっとカッコ良くあのテンションに近づけたのだろうけど、雰囲気はもちろんしっかり出ていて、あらゆるジャンルを的確にこなせるプレイヤー達の力量の高さはさすが。

 ボウイって人は特に歌が上手いワケでもないしパフォーマンスがどうって人でもないし(この頃は)、曲の良さとセンスの良さがウリになるのだろう。実際レベルの高い曲が大半を占めていてその意味では最低限のレベルをクリアしてしまってるからライブで向きになってパワフルな事をする必要はないわけだ。じゃ、何を求めるか?ここが難しい。そのアーティストのライブってのはやる側はもちろん収益だけでしかないんだけど、リスナーは何をライブに求めるか、がテーマになるのだ。好きだから行くって次元の次にね。そういう意味でボウイのライブアルバムはよく分からない。でも、ライブ行くでしょ?そういうモンなんだよね…。

 ちなみにこのライブ盤、相当の名盤です(笑)。どんどんテンション高くなってって、名曲のオンパレードでしょ、バンドもどんどん熱くなってくし、プレイも気合が入ってくし、ライブという作品の作り方もプロだからね、聴いてるとスゲェ!ってなる。さすがはボウイさんです。


 マイナー続きだったしサイモン・ハウスって言えば一番知名度上げたのはやっぱりデヴィッド・ボウイのバックだった時代だろうしとか、デヴィッド・ボウイって新作「Next Day」が出た時には完全にシーン復帰みたいに持ち上げられて時の人にすらなったけどその後は活動もなく、今じゃ新作「Next Day」もあぁ、あったなくらいにしか存在感が見当たらないというワガママなリスナーの思い込み。結局旧譜ばかりを聴くんだよなぁ、この手の人たちはさ。新作って出た時には何度も聴くんだが、その後聴くのはそんなの多くない。ただ、時間が経つとそれなりには聴いているんだが、馴染むまではね、時間かかる。そんな事を思いながらサイモン・ハウス繋がりで1978年にリリースされた「Stage」というライブアルバムなんてのを聴いてみた。

 1978年だからベルリン時代の総決算をしている頃のライブで日本公演なんかも有名だから古くから割と人気のあるアルバムだったんじゃないだろうか。デヴィッド・ボウイのライブ盤ってその前の「David Live」なんてのはあまり評判良くないし、「ZIGGY STARDUST」は純粋にライブ盤ってんでもないのと若きグラムロッカーの断片とも言える部分が強くて、色々な意味でバランスとれたライブアルバムってのは「Stage」くらいなものだった。アナログ2枚組の時は「ZIGGY STARDUST」の曲から始まって2枚目になるとベルリン系が始まって…おかげで2枚目はあまり聴かなかった記憶あるんだが(笑)、いつしかその曲順は実はライブの前半と後半を入れ替えてまして…、えぇ、それはお客様のおっしゃるようにポップな曲からじゃないと皆さん聴いてくれないんでね…なんて言い訳が通じてしまって、正にその通りに聴いていたリスナーの一人です(笑)。最初にこれを知った時、ちょっと驚いた。こんな地味なのからライブ始めてたんだ?つまんなそ〜ってさ。ベルリン作って芸術的だけどキャッチーさはないからさ、ガキの頃の自分なんかには全然響かないワケ。深くて重くてかっこ良いんだけどライブじゃ…ね、って感じ。実際「Stage」を聴いててもそう思ってたもん。印象変わったのはNHKのヤングミュージックショウのライブ映像からかな。なんか…ヘンだけどデカダンで面白いな、と。ルックス的にはともかく雰囲気がヨーロッパ的で、へぇ、こうやってスタートしてたのか、ってのがあったな。

 それから30年くらい経過してデジタルリマスター云々ってなってこの「Stage」も見直しが図られてライブの曲順通りに、しかも途中の抜けてた曲も入れてちゃんとしたライブアルバムにしようってことでリリースされたんだが、やっぱりしっくり来たね。まぁ、もう何年も聴いてたから新鮮さがあったと言うか、決してキャーキャーと盛り上がるライブじゃなかったんだな、ってのはわかった。終盤のステステあたりからも妙にかっこよくなってって、このヘンでデヴィッド・ボウイっていう人の面白さがわかってくるっつうか…。サイモン・ハウスのバイオリンとかブリューのギターとか色々あるけど、デヴィッド・ボウイの存在感が圧倒的で、パフォーマーなんだなと思う。本音を言えばもっと白熱したライブの方が好みなんで、ライブ名盤としては全然良いとは思わないけど、デヴィッド・ボウイという人の何たるかを知るには良い素材という感じで聴いてるかな。もちろん完成度は高いんでその辺のと比べちゃいかんけどさ。

David Bowie - Scray Monsters

スケアリー・モンスターズ  クイーンとボウイがコラボで制作したスマッシュヒットソング「Under Pressure」については有名な所で、フレディ・マーキュリーが存命中はクイーンのライブで歌われていたものだが、没後はボウイがライブで取り上げている。これによってこの曲の可能性が広がり認知度も高まっている…。その「Under Pressure」はクイーンがスタジオに入っている時に同じスタジオを利用していたボウイがいた事で実現したコラボとのこと。ボウイが録音していたのは多分映画のサントラか何かだと思うが、まぁ、偶然にしても凄い作品を作ったものだ。ものの半日で二曲できたらしいからな…。

 そのちょっと前にボウイがリリースした名盤がこの「スケアリー・モンスターズ」。ボウイカタログの中で最も中途半端な位置に属するとも云える作品で1980年リリース。それにしても割と疾走感のある、そして多彩なゲスト陣を迎えていてもっと話題になってもおかしくない作品なのだが、割と名前が出てこない。あのロバート・フリップがほぼ全編に渡ってエキセントリックなギターを弾いてくれているのと、「Because You're Young」では何とピート・タウンジェンドがギターを弾いているんだな。あんまりそれらしい弾き方ではないので見過ごされがちではあるけど、この頃のザ・フーっつったらケニー・ジョーンズを迎えたちょっとモダンな曲が多かった時期なので、おかしくないね。フリップ卿の方はヘンなことしてるってのもあるけど、やっぱりエグいギターが入ってくるの一発でわかるでしょ。そのせいあってか結構シャープでエッジの立った作品なんだけど、そこがボウイのマイルドさなのか、歌によってなのか他の音色によってなのか、上手く包み込んで聴きやすい作品に仕立てている。ボウイの歌声とメロディが大きいかな。

 さて、もうひとつふたつ…。まずは冒頭を聴いていて日本語のナレーションに驚く。この辺の使い方もクイーンと似たところか(笑)。ここでのナレーションをボウイは自分で話すには日本語は難し過ぎたらしいのでヒロタ・ミチさんによるものになっているが、何か、この日本語もヘン(笑)。それと、やっぱり目玉…と言うか楽曲の良さとプロモの新鮮さと衝撃的という意味で「Ashes To Ashes」だろうなぁ…。「Space Oddity」で登場したトム少佐がただのジャンキーだったんだよ、っていう決別…。ストーリーテラーです、ほんとに。それとフリップ卿のギターの凄さと妙なポップさ加減の名曲「Teenage Wildlife」も聴き応えたっぷりで、全然名作の域に入ってくるアルバムなんだけどな…。この後の「レッツ・ダンス」とは比較にならないけど、前の「ロジャー」に比べりゃ全然傑作でしょ。んでもって80年代に入った音作りをきちんとしていたってのもボウイらしい。

 この頃って「クリスタル・ジャパン」によるCM曲も有名になってるし、割と活躍してるもんな。もちろん現役の人なんだから当たり前だけど(笑)。自分のCDは90年にリリースされたボーナストラック付きのだから色々な曲が入ってて久々に楽しんだ…。けど、これ、今はもうアチコチに収録されているんだろうな。「Space Oddity」の1979年録音バージョンとかさ。う〜ん、面白いっつうか音と楽曲アレンジのチープさはちょっと引っ掛かるかもな…。

David Bowie - In Bertolt Brecht's Baal

In Bertolt Brecht's Baal  映画音楽への取り組みというテーマって深いな…。サントラなんてあんまりマジメに聴く風習がなくってアーティストものでもどこか軽んじて聴いていたし、それも大抵が主題歌だけ参加、とかそんなんが多くてサントラを買う必要性に駆られなかったってのもある。一方バンドやアーティストからリリースされたサントラってのもあんまり秀作ってのを感じたことがなくてマトモに聴かなかったもんな。やっぱインスト中心だったり主題歌だけだったりそんなに面白みもなかったし、そもそもそれほど多くの普通のロックミュージシャンがサントラには手を出してはいないだろうし、バンドなら更にって印象だ。ところが80年代にサントラに凝っていた…っつうか映画音楽系ばかりに精を出していた人がいました。

 デヴィッド・ボウイさん。まず取り上げられることの少ない「In Bertolt Brecht's Baal 」という作品のサントラが1982年にリリースされています。ってか、本人主役で映画っつうかBBCによる戯曲で出てたりします。本人凄く嬉しい仕事だったんじゃなかろうか。ベルトルト・ブレヒト作の戯曲でなんとオリジナルは1918年のブレストの処女戯曲だってものらしい。それをボウイがBBCで演じたのみか、戯曲の歌まで歌ってレコードまで出しているってことだ。もちろんそんなことは後から知った事実で、普通にボウイ作品の映画のサントラとしてしか意識してなかったし、しかもEPレベルでの5曲入りリリースものなのでこぞって探す代物とも思わなくて聴いたのは随分と経ってからだ。そして今回実に久々に取り出して聴いてみたんだが…、かっこ良い。いや、かっこ良いという言い方はヘンだが、ボウイってこんなに歌上手かったのか?ってくらいハマってる。戯曲とか演劇とか好きな人だからハマってるのもあるけど、声が良いし、ボウイとしてはやったことのない世界での歌なので本人も以外だったんじゃないのかっつうくらいにハマってる。5曲入りってのが残念だが、確かにこんな戯曲形式のアルバムなんぞ普通に作ってたらちょっと酷評されそうだもんな。EPレベルでサントラという位置付けで良かったのかもしれない。才能発揮してるし。

 ボウイってブレヒトが好きだってことらしくて若い頃には「三文オペラ」も確かやってたし、学の深い人だな…。もっともそのスジでは当たり前の有名人なのだろうが、そもそもBBCで案が持ち上がった時にブレスト好きで歌える人は?って咄嗟にボウイが出てきたのだろう。役としても成り切ってるようだ…ってこの戯曲は見たことないんだよな。…と思ってアチコチ探してみるとYouTubeに丸ごとアップされているらしい。ほほぉ~、こういう雰囲気なのか…とまた改めて入り込んでしまいましたね。ついでにボウイ演じる「エレファントマン」とか…有り得ねぇ…、YouTube恐るべし。いや、話が逸れたが、この「In Bertolt Brecht's Baal」というEPサントラ、異色の出来映えでボウイの歌唱力を堪能するには持ってこいの作品だ。これかなり気に入ったぞ…。  アマゾン探してみるとCDというフォーマットでは出てこなくてMP3でのみ配信販売してた。こういうのはそんなのが一番当てはまるのかもしれないな…と聴けないよりも聴ける今の時代に納得です。

Ziggy Stardust and The Spiders From Mars : The Motion Picture

ZIGGY STARDUST AND THE SPIDERS FROM MARS - THE MOTION PICTURE  人には向き不向きがある。フロントを担うのが向いてる人もいればそうでない人もいるが、それは紐解くとそもそもそういう楽器をやりたいって思う時に既にその人の深層心理的に決めているのだと思う。フロントマンになりたい人がパーカッションとか選ばないだろうし(笑)。自分はフロント向きだって思ってギターを選んでも実はギターでもフロント向きじゃなくてバック側ってのもあったりしてなかなか思い通りにはならない事もあるようだ。その狭間で勘違いして気づいて行った事でミュージシャン人生を長く楽しんだ人もいる。その中のひとりであろう人がミック・ロンソン。やっぱり自分はフロントマンじゃない、と後になって認識したが、自分はフロントマンになれると思ったのは明らかにボウイとの活動中での人気の高さ。それもボウイの計算づくだったとは思いたくなかっただろうが…。

 David Bowieの1973年、ジギー時代の最終章を記録したライブ映像が映画「ZIggy Stardust and The Spiders From Mars : The Motion Picture」として1983年にリリースされたもので今じゃDVDでもCDでも色々と手に入るしYouTubeで全部見れるってのもある。昔は結構苦労したんだよ、こういうの。映画館の上映が終わっちゃったらあとは万が一にでもテレビでやってくれるか?ってのが淡い期待、それ以降だとビデオで出るか、なんだけどその頃ってビデオソフトって1万円くらいするからとてもとても、って事で、何件ものレンタルビデオ屋回って万が一あるかないか…、ま、ないんだけどね。ってことでなかなか映像ソフトモノって見れなかった。だからこんな映画も今じゃ普通に見れるけど昔は見たくて見たくてしょうがなかったな。初めて見たのはどっかで中古のビデオを発見してようやく何とか買える金額だったから見れたって時だ。大抵こういうのは探していた時の方が夢があって、実際に見てしまうとそれほどでもないというか…、そういう幻想を抱くのが多い(笑)。ジギー時代のボウイが動いてるってのが魅惑的だったけど、こんなに赤くて暗いのって古臭いな〜と当時から思ったくらいだからさ。ボウイってやっぱり時代の最先端を作っていってます、なんだけどその分後になると古さが目立つ部分もあるからこういう衣装にステージング、ロックの原点でもあるし作り上げた一人だしそりゃそういう目線で見ればやっぱりカッコ良い。そこに華を添えていたのがミック・ロンソンなんだな。ギターヒーロー全盛時代にボウイの所にもいるんだぜ、ってばかりにクローズアップされてるし。

 映画はライブそのものの記録映像だけどライブそのものとしちゃ特別凄いライブじゃない。最後のジギー引退宣言による衝撃的瞬間をリアルに捉えて記録してあることが話題だけど、歴史的記録としてのお話になっちゃってる感あるか。ミック・ロンソンのギタープレイをここまで見れるのも、ジギー時代のボウイをきちんと見れるのもこの映画だけなので貴重なんだけどね。それもともかく、この頃のボウイってもちろんジギー中心なんだけど、持ち曲としちゃそれ以前のもあるから当然何曲も演奏されてるし、ジギー時代の曲とのバランスもやや違和感はあるけど元々が全てフォーク路線だからおかしくはない、そしてそこでも残されている曲だから本質的に良い曲ばかりだし、それらがこのロックショウの中で本音を垣間見せてくれてるようなライブでもある。一方で当時の新曲群も試しとばかりに入ってきてるのも見所、ストーンズのカバーなんかもね。んで、やっぱり最後の「ロックンロールの自殺者」が染み入るねぇ〜。この途中にはベックとの共演なんてのもあったんだけど未だにオフィシャルでは出されてないから多分永久に出てこないだろう。YouTubeでは発見できるんじゃないかな。

David Bowie - Let's Dance

レッツ・ダンス  過去の全てに別れを告げて、新たなる意気込みと新たなるサウンドに挑戦し続ける男、デヴィッド・ボウイ。彼もまた80年代ポップシーンにおいて重要な役割を果たし、ボウイ自身の歴史からは既に抹殺されている時代ではあるが今回の切り口はエイティーズってことなので彼の歴史そのものの肯定否定論は抜きにして語っていこう(笑)。

 クイーンがレコーディングしているスタジオに遊びに行って即興で出来上がった曲が「Under Pressure」で、フレディが生きている間はクイーンでのライブで聴くことはあってもボウイのライブで聴くことはなかったが、フレディ追悼コンサートにおいて、ボウイと"絶世の美女"アニー・レノックスのデュエットにより新たな息吹を与えられてこの曲は再度スポットが当てられることとなった。90年代中期に作られたPVではアニー・レノックスの映像がとことん消されて、あたかもボウイとフレディのデュエットというような作り方になっていて、それまでを知っているとえらく興醒めしてしまうものだったが、元々のPVは工場地帯のモノクロっぽいやつであんまり印象に残ってない。しかし、この時のアニー・レノックスとの共演は正にハイライトシーンとも云えるもので、演劇派ボウイとアニーによる二人の世界を演出した素晴らしいもので、当然フレディの高音パートをアニーが歌い上げるというものなので文句なし。最高の一幕だったなぁ。

 で、話は80年代に戻って、ボウイさんの80年代と言えば、もちろん「Let's Dance」ですね。タイトル曲の大ヒットもさながらのこと、「Modern Love」というかっちょいい、正に80年代のサウンドをしたポップソングもチャートを駆け上り名実共にスーパースターとなったボウイ。このアルバムのギタリストにはあのスティーヴィー・レイ・ヴォーンを起用して、単なるポップスター的アルバムには仕上げなかったボウイのギタリストへのこだわりもあったのか、おかげでスティーヴィー・レイ・ヴォーンは一躍若きロックスター&ブルースメンとしての知名度をアップした。何せその時の評判は「あのアルバート・キングみたいに弾くギタリストは誰だ?」ってのが話題だったくらいだから。ツアーを蹴ってソロアルバムの売り込みに奔走したスティーヴィー・レイ・ヴォーンはその後超メジャーな人となることは言わずもがなか。

 また話を戻して、もう一曲売れたのが「China Girl」。キャッチーなラブソングで胸がちょっと苦しくなるような切なさももっている名曲でPVで中国人との恋物語ってのも多分結構なタブーに近いモノあったんだと思うけど、印象的だったね。で、後に有名になるんだけど、この曲はもともと77年頃にボウイがイギー・ポップの制作に絡んだ時にイギーにあげた曲だったワケさ。イギーの「Idiot」ってアルバムに入ってるんだけど、これがまた全然暗いイメージのアレンジで同じ曲がここまで変わるのかってくらいに変わっている。そのセンスは凄いものがあるよね。ちょっと後にボウイは再度イギーのアルバムの制作に関わるんだけど、面白い時期だね、ほんと。

 んなことで、ボウイの「Let's Dance」、もしくは「シリアス・ムーンライトツアー」のライブビデオはこの時期を通るならば見るべしって感じ。今のDVDだと絶版だった「リコシェ」っていうボウイが中国公演を行った時のドキュメンタリー映像も入っているんじゃなかったっけ?入ってなかったらこれも探すの大変だろうなぁ。。パワーステーションサウンドも完璧で聴いていて気持ち良いサウンドだよね。

David Bowie - Tonight

Tonight  ミック・ジャガーとデュエットで「Dancing In The Street」をリリースしてロック界大物同士のコラボレーションとして話題となったデヴィッド・ボウイ。確かにそれが1985年頃の話だからミックはストーンズの看板ボーカル、しかもソロ作出して売れまくってる頃、一方のボウイも70年代のグラムロック時代から脱出して、「Let's Dance」で一躍時代の寵児の仲間入り、ミックの相棒になっても全く違和感のない大物の風格として機が熟したというタイミングだったのだろう。

 そんなボウイが「Let's Dance」の後に間髪入れずにリリースした1984年の作品「Tonight」。一般的に、どころか多分ボウイのコアなファンからも「Let's Dance」と同等の作品として認識されているんだろうけど、実はこっちの「Tonight」の方が元来のボウイの創作意欲に溢れた作品なんじゃないかと。いや、ナイル・ロジャースのパワーステーションサウンドじゃなくて、っつうか80年代のあの音じゃなくてさ、どっちかつうともっとボウイの持つ音楽性が出ていると思うんだよね。だから最初の「Living The Alien」からしてポップでダンサンブルなチューンではなくって、ひと味もふた味も深みのある歌詞とシリアスなサウンドで幕を明けるアルバムなんだよね。その流れはアルバム全体に流れているんだけど、ヒットチューンの「Blue Jean」がそのイメージを「Let's Dance」と同等のモノにしているんだろうな。ただ、明らかに作風が違うけどね。

 もうひとつこのアルバムで話題になったのは「Tonight」でのティナ・ターナーとのデュエットと最後の「Dancing with the Big Boys」でのイギー・ポップとのデュエットか。「Tonight」は良い曲だよね、これ。凄くムードがあるしさ。イギーとの作品はちょっとゴージャスなアレンジ過ぎて音自体はどうかと思うけど、根本はこの頃に独特の疾走感あるサウンドで悪くはない。ただ、まぁ、コーラスやらホーンやらがちとよろしくないかなっつうだけで、イギーも目立たないし。まぁ、それはそれで大して気にするほどでもないか。

 同じ頃にロックファンならお馴染みの「アブソリュート・ビギナーズ」っていう映画があってさ、その主題歌をボウイが歌ってたり、「スノーマン」っつう映画の中でも「This Is Not America」をパット・メセニーグループと一緒に歌っていたりするんで、知名度が上がるとセッションが増えるっていう面白い側面もあった。そして大体そういう作品の方がレベル高くて面白い。

 そういえばミックとやった「Dancing In The Street」のPVでの二人は正にロックンロールだったもんなぁ…。やっぱホンモノはかっこよい、って思ったもん。

David Bowie - Glass Spider

Glass Spider [DVD] [Import]   David Bowieの1987年のライブツアーの映像「Glass Spider」。何で?ってのはピーター・フランプトンがギタリストとしてツアーに参加しているので、時代が時代なら素晴らしい組み合わせとして騒がれたであろう二人の夢の組み合わせが実現しているのだな。ところが1987年のボウイ(一般的に)全盛期なのでピーター・フランプトンは所詮バックギタリストの位置付けでしかないトコロが残念。何でまたそんなことになったのか分からんけど、ピーター・フランプトンもよくその立ち位置で参加したよなぁ…仕事なかったんだろうなぁとか思ってしまう。

 この頃のボウイはと言えば完全にポップに魂売った頃でロックファンからは酷評されまくっているのだがビデオを見ているとそりゃそうだ、と納得(笑)。ただ、今となっては、といつものフォローとしてはありかなってお話。だってピーター・フランプトンもいるんだからさ、二人で魂売ってるワケよ。ただ、そうでもしないとなかなかシーンに残れなかったってのはあったんだろうなぁ。

 冒頭から完璧なミュージカルショウのオンパレードで演劇チック且つ完全なる台本に基づいたステージ進行、デヴィッド・ボウイがこれをやる必要は全くなかったんだが、ここまでしてカネ稼ぎに走れたというのは本人の実力でもある、か。単純に見ていて面白いよ、これ。よくこんなんn考えたなぁ〜とエンターティメント的に見事だなと思うもん。商品化して売れるのも限られてるし、そもそもステージには凝るのがデヴィッド・ボウイという人だから流れ的におかしくはない。ただ、やり過ぎだな(笑)。マイケル・ジャクソンの世界だからさ、これ。それでも大成功だったツアーらしいから結果的には良かったハズ。すげぇ久々に見たけど、面白い(笑)。やっぱカッコイイ男は何やってもカッコイイんだな、羨ましい(笑)。チャーリー・セクストンってのも懐かしいねぇ…。

Glass Spider Live
David Bowie

Tin Machine - Tin Machine

Tin Machine [ENHANCED CD]  イギー・ポップと来ればやっぱりボウイと連鎖反応してしまうもので、80年代のボウイはイギー・ポップとの共同ワークを焼き直したりして正にポップスター的なポップに再度仕上げ直した曲が目に付く。一方のイギー・ポップの方も同じくボウイとの共作ってのもあったんだが、両者は妙な関係性で連鎖し合っていたみたいだ。その80年代のボウイは、賛否両論として、実は地味にその辺の流れをシンプルに吸い上げて具現化していたのがまるで評価されなかったTin Machineっつうバンドなんじゃないだろうか。

 1989年、ボウイがポップスターに飽きた後、進んだ方向は70年代の英国ハードロックを更に洗練されたサウンドに仕立てた直球勝負のバンド「Tin Machine」の作品。自らもバンドの一員としての位置付けとしてバンド活動に専念し、綺羅びやかな世界とは正反対のスタイルでドサ回りから始めてバンドを洗練させていった。そのメンツがイギー・ポップのバックでプレイしていたリズム隊のハント兄弟と知り合い関係からの拾い物でもあったリーブス・ガブレルスという凄腕ギタリスト。更に鍵盤奏者も最初からいたのだが見た目からの問題か、サポートメンバーとしての位置付けだった。

 さてそのファーストアルバム「Tin Machine」は堂々とハード・ロックの香りを漂わせるボウイならではの味わいぶりだが、メンバーはほとんどアメリカ人…だな。オープニングからどこかで聴いたことのあるようなリフでスタートして、アルバム通して聴いても変化が少なく、直球勝負のアルバムというのもわかりやすい、が故に当時も今もボウイらしさがあまり出てこないってことで評価されにくいようだ。楽曲そのものではかなりハジけていて楽しめる部分もあるんだが、どうしても飽きてしまうってのはしょうがないかな。今の時代にコレやったとしてもかなり硬派でロックな作品として市場で受け入れられるんじゃない?こんなに硬派なのってほとんどないもん。

 ライブビデオ「ライヴ OY VEY,BABY」とかも出ててさ、それでボウイを見ると随分とロッカーしていたんで、これもボウイの本質なんだろうななんて思った記憶がある。その後もちろん映像作品は買ったけど、タバコをふかしながら歌うボウイのかっこ良さ、ギター弾いたりサックス吹いたり好きにやってる感じで、しかもどこか退廃的でかっこよかった。こないだまでキラキラした80sの筆頭だった人とは思えないほどだった。それこそがカメレオンボウイですな。そんなワケで、ソリッドでタイトにかっこ良いTin Machineの音を久々に聴いて一気にロックなテンションがまた上がってきた(笑)。

Tin Machine - Tin Machine II

ティン・マシーンII(紙ジャケット仕様)  David Bowieが70年代ロックに回帰したセンスの良いロックバンドTin Machineのセカンド・アルバム「Tin Machine II」。アルバムのリリースは1991年なので、もうハードロックが衰退し始めてきた頃、敢えて70年代風味なバンドに回帰したのはどうしてだ?ってのが当時からあったけど、結果的にはそのセンスはちょっとズレてたけどある種正解だったのかも、という節はある。まぁ、ボウイさんの場合はそういうの無視して全部ソロでも出来ちゃうからお遊びだろっていう風に思われちゃうんだろうけど。

 一方のバンドの方は結構真剣に取り組んでて、ここぞとばかりにそれぞれの才能を吐き出してるからか、かなり気合の入ったソリッドな楽曲で占められたアルバムが出来上がっている。当時は不評だったけど、今普通に聴いてるとかなりハイセンスでユニークな音出してるので、もっと高評価を得ても良さそうな感じはする。ボウイという名前が大きかったのか、不利な側面が多かったけど、何の何の、名盤に近い出来映えとも言える秀作ですよ。この辺が音楽で評価されないというか、しょうがないんだけどさ、ボウイの名前あるから広くは聴かれたと思うが、ボウイを聴くリスナーにはこの手の音をきちんと評価てきる人は少なかったってことだ。

 当時ね、テレビで夜中にやってたりして見てたから聴いてたんだよ。ライブがカッコ良くてさ、Tin Mchineっていいじゃねぇの、って思ってたけど、どうにも世間的にはよろしくない雰囲気で、なんでかね、とは思った。まぁ、今でもそうかもしれんが自分の感覚の違いかな。中途半端にロックです、っていうバンドの作品に比べりゃ全然ロックだしセンス良いし、ツボを知ってるし落ち着いたロックバンドでしょ。初期衝動的な勢いはないけど、安定感はたっぷり、そして実験精神も旺盛だったし結構良いアルバムだけどなぁ…。

David Bowie - 1.Outside

アウトサイド(紙ジャケット仕様)  1990年代中期以降に何故か流行したサイコホラーというか退廃的怪奇嗜好と言うか猟奇趣味と言うか…、映画「羊たちの沈黙」がその筆頭となっているみたいだけど、ブラッド・ピットの「セブン」なんてのもそうだね。まぁ、そう云った、どこか救われない雰囲気っつうのが流行していてマリリン・マンソンやナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーなんてのもその一角を担っていたことは記憶に新しい。まぁ、そのヘンだけでやっていた人物達が今頃どうしているかなんてのは大して興味はないんだけど映像作家的には非常に凝ったPVなんかを特撮で撮影していて見ている側もなんかヘンだけど新たな手法だなぁと思っていたものだ。

 そして常に変化し続けていくアーティスト、デヴィッド・ボウイがこの世界にハマったらしくいきなりとんでもなく退廃的且つ猟奇趣味的な作品「アウトサイド」をリリース。「ネイサン・アドラーの日記」と称した殺人事件をモチーフにした1995年にリリースした作品なのだが、これがまた時代の最先端というか既に到来していた他のアーティストとは一線を画した斬新さと大物らしい風格を漂わせた作品に仕上がっていてさすがメジャーなアングラアーティストと思わせるモノだった。とにかく明るい曲はなし、あってもそれはサイバーパンク的で、どこか「ブレードランナー」を思わせるものだったりね。バラして聴くと決して暗い作品ばかりじゃないんだけど、トータルでアルバムで聴くともの凄く陰鬱(笑)。

 もちろんそれはイーノとの再結合という底辺に流れるアングラな流儀が走っているからであって、その分しっかりと重さ…重厚な重鎮感が漂っている。ここが新鋭バンドの表面的な退廃感とは大きく異なっている英国ならではの作品の違い。もちろんバンドメンバーにマイク・ガースンという古くはジギー時代に遡る頃の鍵盤奏者を再度引き連れてきていることで刺すように冷たいピアノを音に採り入れていて、更に硬質な世界をティン・マシーン時代からのギタリスト、リーヴス・ガブレルスをも引き連れてきて最先端の音を採用。ここにて基盤が完成、そしてボウイ自身の手によるジャケット。う〜ん、かっこいいアーティストだよなぁ、ここまで好きに思い描いたことをサラリとできてしまうってのは。

 このツアーの時は最初ナイン・インチ・ネイルズをオープニングアクトに起用してそれこそ怪奇趣味的なステージだったんだよね。ツアー回る毎にそういう要素がかなり変化していったみたいだけど、それでも「世界を売った男」のアレンジとか凄く斬新だった。うん、日本にも来たので見に行ったもん。前座が布袋さんで、「Starman」やってたけど(笑)。とにかく完全に出来上がったステージで雰囲気バリバリ。さすがボウイの世界観だなぁと思って2時間ハマり込んでたかな。だからってのもあるけどこのアルバムの持つ雰囲気は好きだね。このあたりのPVもまとめてみるとなかなか面白い。

David Bowie - Earthling

アースリング  バンドから離脱してソロ名義で徐々にキャリアを形成している人達もいれば、もちろんバンド時代のキャリアを構築できずに消えていき、またバンドで復活するという人もいる。そりゃもちろん色々なパターンもあるし運もあるし仕事なんだから上手くできることとそうでないこともあるワケで、何が良いと言うワケじゃない。ただ、ソロになってからキャリアを築き上げた人はソロな人としてのイメージが付いてくる。ピーガブとかもそんな感じ。そういうの抜きにすると最初からソロでロック界にいる人ってそんなに多くないんだよね。あまり思い付かない。ジミヘンくらいか?やっぱバンドから出て来てる人が多いからそんな印象だけど、David Bowieと言う稀有な存在もあったなと。

 David Bowieの1997年の快心作「Earthling」。時代は暗黒の90年代、ボウイ自身も前作「1.Outside」でその暗黒世界をテーマにアルバムを作り上げてツアーしていたし、まさかここでこんなに生きの良い、そして時代の最先端を象徴するかのようなアルバムを作り上げてくるとは思わなかった。David Bowie健在なりを改めて世間に示した一枚…なんだけど、当時盛り上がったくらいで依然として80年代以降のボウイの作品は無視されがち(笑)。まぁ、それは置いといて、この「Earthling」は何と言うのか…時代がデジタルブーム真っ盛りになっていた頃にそのデジタル的な要素を盛り込んだ作品で、しかも相変わらずのロック魂もきちんと織り込んでいるという見事な作品。そして何よりも感じたのは反骨心。これこそロックでしょ。それがこの新しい音作りの中にも慄然と存在しているからこそなんじゃないだろうか。もうこの頃ボウイ50歳くらい…だよな?更にこの堂々たる自信のジャケットがカッコ良い。

 この頃からだろう、プログラマーやマニュピレーターというミュージシャンが主張し始めたのは。それがきちんと楽器演奏陣のひとつとして加えられ、いつしかデジタル操作員がいないとアルバムが出来上がらない仕組みになっているというか…もちろん本質的にはアーティストの才能なんだけど、それらを実験して聴いてみる、様々な音で演奏して感触を図る、アレンジにしてもその場で多々試せる、だからこそ即座に良い物を取り入れつつ実験して創作していけるというスタジオ作業が面白くなっていった人も多いのだろう。ボウイもそのヘンは随分と楽しんだようだが、一方でレコーディングには当時のツアーバンドメンバーそのままの勢いを持ち込んで録音したらしく、なるほどバンドの一体感に加えてデジタル時代のアレンジなんかが入ってきた良作に仕上がったのだろう。よく聴いたもんなぁ、これ。何か自分を元気にする時に結構聴いてた。

David Bowie - Hours...

Hours  1999年デヴィッド・ボウイの原点回帰作として話題になった「Hours」という作品。当時はそんな言われ方だったし確かにそういう作風だったんだけど、実はこれってゲーム音楽作品として依頼されたアルバムがポシャって無理ぐりにデヴィッド・ボウイ作品として作り直した感のある本来ならば出来損ないのアウトテイクす集めのアルバムだったらしい。

 もちろん「Hours」を聴いてそんな風に思うこともなく、レッキとしたデヴィッド・ボウイのアコースティック性を打ち出した新作として市場には迎え入れられて話題となったアルバムなのだが、そういう経緯だったのかと後で知ってちょっと驚いた。そんな背景を知って聴くとちょっと興醒めではあるけど、それでもここまで作り上げるプロフェッショナルさってのはやっぱり見事。

 音楽以外の話から入ってしまったけど、ホント最初はびっくりな作品だった。その前が「Earthling」っつうデジタルビートバリバリの作品だったからどこまで時代と並走していくのだろうと思ってたけど、ここで一旦休息を取ったってトコだろうか、それこそが時代のブームにもなってしまったのもあるし、以降のデヴィッド・ボウイの作風をキメてしまった作品でもある。元々の楽曲がしっかりしてるからどういう味付けでもデヴィッド・ボウイになるところが才能なのだろうけど。んで、15年経過して久々に聴くワケだが…、落ち着くねぇ〜。かと言ってBGMになるほど軽くもないし、ちょうど良い、って感じ。

David Bowie - The Next Day

The Next Day  ここ最近の話題はと言えばデヴィッド・ボウイの復活アルバムばかりでとにかくこの情報過多時代にあって全く情報がリークされることなくいきなりの新作リリースニュースに加えて既にPVも作ってあって、アルバムも出来上がってる、しかもリーク音源はまるで流出してこないという有り様で、挙句自らがオフィシャルでiTunesで全曲フリーで聴けるサンプルを公開してリーク対策を行なって、完璧にオフィシャル主導によるメディア戦略を実現している管理の徹底ぶり。今の時代でもここまで出来るんだ、ってことがよくわかった。そんな当たり前の事に驚きばかり感じるのもなんかヘンな時代なんだけどさ(笑)、だから余計に新作が楽しみになったよね。10年ぶりとかもあるけど、果たしてどういう方向に進んだかな〜って。シングルを聴く限りじゃ何かやっぱアダルトな路線のままか?って感じだったからちょいと不安気ではあったんだが…。

 デヴィッド・ボウイの2013年の新作「The Next Day」です。です、ってもまだリリースされてないからアレだけど(笑)、これはもうiTunesでDLとかってレベルじゃなくってCD買い、でしかないでしょ。クラフトワークに刺激されまくって作ったアルバム「ロウ」からのベルリン時代、そして2013年になって「Heroes」のジャケットの上からの「The Next Day」という新作、明らかに全盛期へのオマージュだろうし、聴いてみて余計にそう思った。あそこまでヨーロッパな雰囲気じゃないけどかなり芯の通った重さ暗さってのはアルバム全編に流れているんだが、メロディやアレンジは力強く過剰になりすぎずそして不思議なことにどれもこれもが新しい。何が?って話だけど、こういう骨太で筋の通ったヨーロッパのサウンドってあまりないんだよな。英国的ではない。ヨーロッパ的なんだが…、自分の聴く音楽の狭量さが物語れないだけかもしれんが、さすがデヴィッド・ボウイ。シングル曲「Where Are We Now?」が一番面白味のない曲かもしれんなぁ…とか思ったりするワケです。それでもこの曲は良いな〜って思ったんだからアルバム「The Next Day」のクォリティの高さがわかるってなもんだ。

 これはねぇ、もっともっと何度も聴かないとわからん…わからん、っつうか深みと面白さがもっと楽しめるアルバムです、間違いなく。後世になっても名盤と語られる作品になるだろうと予感してる。狙って作れるもんなんだな。2年もかかってるんだからプロの仕事としては当たり前かもしれんけど、今の時代で2年掛けても新しいことを出来るってないからそれも凄い。ブレないスタイルって重要。それでいてオーバーワークは全然感じなくて全部自然な音と演奏だけという不思議。音楽を知り尽くした連中が作り上げてるね。

 さて、名盤と言いつつも名曲はどれになるのだろう?って考えてしまうのだが、それは多分キャッチーさが足りないからだ。でも名盤。例えば「Low」だ。名曲ってどれよ?って話で、いや、あれは「Low」が全部良い作品なんだ、って事でさ、一方の「Heroes」は明らかに「Heroes」が名曲だけどアルバムとしちゃ「Low」の方が評価が高い部分あるし…、そんな感じでこの「The Next Day」も名曲ってよりも名盤の扱いに近い。シングルカットする必要性すらなかったんだろうけど、そこは時代かな。とにかくアルバムひたすら流してると心地良くなるデカダンな世界。それでいて骨太なロックアルバム。素晴らしい。

David Bowie - Blackstar

Blackstar  残念ながらつい先日亡くなってしまったDavid Bowieの新作「Blackstar」。当初は前作の「The Next Day」と同様にリリース直前まで情報解禁しないで突然のびっくりニュースでいきなりアルバム発売&PVリリースを狙ってたみたいだけど、流石に今回は数カ月前にバレちゃったらしくて、その戦略は出来なくなったってことで普通にリリース日が広報されてのリリースでそういう意味でボウイらしい驚きも無くて残念だ。もちろんアルバムの質には何の影響もない、単なるインパクトの問題なので、後世になればどうでも良いお話ではある…。

 その「Blackstar」、3年ぶりくらいなので結構楽しみにしてたんだよね。いや、してるし、楽しいんで過去形でもなけりゃアルバムが悪いんでもない、楽しみにしてて、聞いた瞬間から結構「??」て感じに始まっただけで。アルバムタイトル曲「Blackstar」は何といきなり10分以上の気合の入った作品…ってかコレ、リズム…え?何だ?ドラムとサックス…、んで、この展開?どんな展開?え?ヘン…、みたいな印象を持った現代ジャズフィーリングサウンドのボウイ流ポップとも言うべきか、過去に聞いたことのない類のサウンドで不思議な幕開け。それに気を取られているとそのまま次が始まる。これはまだ普通に近い感覚はあるけど、やっぱり妙。何だろ?こういう音って今あるのかな?独特の音楽という気はしないけど、ただ、使い方はボウイらしい。ん〜、これは聴き甲斐のあるアルバムだぞ…7曲しかないくせにこの深さですか…と楽しくなってくる。「Reality」に入っていそうな、というか同じようなメロディと歌の展開があったりするのはボウイのご愛嬌か、十八番のメロディなんかな。更に進んで最早ロックという枠組みはとうに超えているんだけど、なんだろなぁ…こういうシンプルなドラムな音にかぶせる歌…、あぁ、そっか、ギターが目立つとかベースが目立つとかそういうロックらしさがまるで無いんだ。ビートが効いてるとかもなくって70年代中後半のボウイの世界に近いインダストリアルな感覚、そこに人間味のあるものを少々入れて歌が縫って走っていくみたいな感じ。かなり心地良くなってきたぞ(笑)。

 ジャズの味わいがふんだんに盛り込まれているクセにヨーロッパ的な無機質感が入り込んでくるという不思議な味わいの古いけど新しい感覚の音世界。相変わらずのセンスの良さをこういうところで出して来てくれる。ここ何作かは割と普通に近い音だったんで、こういう刺激的且つ大人ならではのゆったり感によるノスタルジックさ加減、ホント不思議だ。サックスのクローズアップが心落ち着かせるのか…、それでも感傷的な楽曲は一曲くらいなもので、新たなジャンルへの接近なのか開発なのか…、新境地です、自分にとっては。どれもこれも新しいことはないけど古いものの組み合わせでこの新鮮さはさすが。 R.I.P David

Mick Ronson - Slaughter On 10th Avenue

スローター・オン・10th・アベニュー(紙ジャケット仕様)  この系統で同じ空気と時代を歩んできたギタリストと言えば、やっぱりミック・ロンソンを於いて他にないだろうなぁ。ミック・ラルフス脱退後のモット・ザ・フープルに派手派手しくギタリストで参加したことからイアン・ハンターのソロ活動に至るまでパートナーであり続けた稀代のギタリスト、正に唯一のグラムロックギタリストとして活躍した美形のオトコなのだ。もちろんギタリスト的なテクニックや音楽的な才能というものはあまり評価されることはないのだが、アイドルと同じくその存在感とルックス、そしてある種のカリスマ性が時代にマッチして、ひとつのアイコンとして存在していたのだ。そんな彼がボウイの元を去って最初にリリースしたソロ作品が「スローター・オン・10th・アベニュー」だ。

 ボウイとの共作曲やボウイ名義での未発表曲、そしてボウイが歌詞を付けた曲などボウイの全面的な協力なしにはできなかったであろうこのファーストアルバムは数多くのカバー曲で占められていて、裏名盤としてアナログ時代にはそれこそかなりの高値で取引されていた一枚でもあるのだ。CDになった時に最初は悪名高きGolden Yearsレーベルからのリリースでファーストとセカンドの「プレイ・ドント・ウォリー」が一緒になった二枚組だったんだよね。んで、こぞってそれを入手して初めて聴いたんだが…、こんなもんかぁ…って思ったのが正直な感想(笑)。いやぁ、別に悪くないんだけど…っつうか今聴いたら全然悪くない。ただ、カバー曲とかは面白いんだけどミック・ロンソンの曲はまいったな(笑)。センスないだろ、これ、とか思うのだが(笑)。いや、それはまぁ置いとこう。

 そしてギターもあれほど弾きまくってなくてもっと曲に合わせて弾いているっつうか、およそギタリストのソロアルバムらしくない作品に仕上がっていて、意外とこの人の歌って切なく聞こえたりするので歌モノとしても悪くないんだよね。かなり味があるのでエルビスの「Love Me Tender」でもなかなかだし、イタリア人のルチオ・バティスティの曲にボウイが歌詞を付けたという「Music Is Lethal」なんてのもかな〜りよろしい感じ。まるでボウイが呟いて歌っているかのような曲で、滅茶苦茶素晴らしかったりする…アレンジもアコースティックとバイオリンがイタリアンでこのアルバム最高の作品じゃないかと思うのだが…。まぁ、そういう意味ではボウイとの共作でもある「Pleasure Man / Hey Ma Get Papa」なんて曲もどこかイタリアンな香りがする曲で面白いな…。なんか久しぶりに聴いたら悪くないじゃん(笑)。アルバムタイトル曲にもなった「Slaughter On 10th Avenuee」もヴェンチャーズのヒットが有名らしいんだけど、ようやくミックのギターがまともに聴ける曲で、もっともっとこういうの入れればよかったのになとも思うけど、多分この頃のミックはアーティストとして独り立ちしていくという思いが強かったんだろうな、そう考えるとこのアルバムの出来映えも納得するし、かなりのクォリティではあるよな…。

 …とまぁ好き嫌いも含めて色々書くんだけど、アルバム最後まで聴いた後には妙に心地良さが残る作品なのでやっぱ優れたミュージシャンだったんだろうか。何故か疑問が沸くんだけど圧倒的なヒーローのはずのミック・ロンソン。まだまだ裏名盤を堪能しまくってないってことかなぁ。

Hunter / Ronson - YUI Orta

YUI Orta  Mott The Hoopleが最後に行き詰っていた頃、ミック・ロンソンはBowieの元から追い出され、ソロ活動で華々しくシーンに登場してきてはいたものの、やはり秀逸なシンガーと組む形が自身の才能を最も発揮できると言うのもわかっていたのか、イアン・ハンターとは交流を密にしていた。それでも当時は契約の問題など色々あったようで、なかなか一緒にやるということは難しかったが、Mott The Hoopleの末期にようやく実現してミック・ロンソンはMott The Hoopleに加入した。しかしシングル1枚程度でバンドが解散、二人は別の形態で一緒にやろうとしたが諸般の事情で流れてしまったお話。イアン・ハンターのソロアルバムに参加することはあったが、二人名義での華々しい活動はなかった。それから10年以上経ってからようやく二人の名前を出して二人の才能を思い切り出し合ったアルバムを作り世に出すことが出来た。

 1989年にリリースされた話題満点の一枚だったHunter/Ronson Bandの「YUI Orta」、唯一無二の作品になってしまったアルバム。今ではBBC出演時の編集盤「Hunter Ronson Band: BBC Live in Concert」なんてのも出ているけど、実際ツアーにも出たらしく、いくつかのライブが残っているみたい。でもさ、この二人だったらもっと今でも話題が残っていたり貴重なセッションとして扱われていたりするんじゃないかと思うんだが、割と取り上げられることは少ない。時代が80年代末期だったからってのもあるかな。自分も当時ちょこっと聴いた程度で以降はまず聴かなかったから人のことは言えないんだが…。

 今回「YUI Orta」を聴いて思ったが、二人のやりたかったエネルギーが思い切り発散されていて勢い溢れるR&Rアルバムになってるってこと。ややミック・ロンソンの嗜好が強く出ているのは多分ミック・ロンソンの方が嬉しくてしょうがなかったのかな、なんて思ってしまうけど、その辺が大人のイアン・ハンター、しっかりと自分の楽曲では味のある軽快なR&Rで引き締めている。どれもこれも気合の入った曲ばかりで二人が大いに盛り上がりツアーに出たのもわかるんだな…。ここでシングルヒットとかあったらもっとブレイクしていったのかもしれない。でも時代が1989年だからねぇ…。

 しかしミック・ロンソンのギター、かっこ良いな。ジギーから16年経った時のギターの音か…、時代はHR/HMなのでこういうスタイルのギターが受け入れられやすくはなかっただろうけど、今ならもっともっと聴いて楽しめるサウンドだね。

Spiders From Mars - Spiders From Mars

スパイダース・フロム・マーズ(紙ジャケット仕様)  宙ぶらりんなロックバンドってもちろん世に出てくることが少ないんだけど、最高に宙ぶらりんなバンドがある。これも知らない人の方が多いんだろうけどね。Spiders From Marsっていうのがある。名前だけ見るとメジャーで、そう、David Bowieのアルバム「Ziggy Stardust」の対等にも出てくるあのバックバンド。ミック・ロンソンはソロでボウイと決別してやっていけるって思ってスタートした。残りのメンバーは同じ気持ちからかSpiders From Marsって言う名前でやっていけるって思ったらしい。で、結局アルバム一枚はリリースしたんだよね。それがSpiders From Marsの「Spiders From Mars」。クモを全面に持ってきた情熱の赤を押し出した作品。

 それから約25年後…Five Yearsではなかったんだが…、今度はデフ・レパードの面々が実はボウイのジギーアルバムが大好きで、このSpiders From Marsの残党と一緒にバンドを組んで、ミック・ロンソンのトリビュートを記念してライブ活動を開始した。それがサイバーノウツというバンド。曲はほぼ全てボウイのあの時代のカバーばかり。もちろん物足りないのはあるけど、思いは伝わるカバー作品。ミック・ロンソンも微笑ましく見てたんじゃないかな。彼のトリビュートはもっと豪勢なメンツでライブが行われたけどね。もちろんSpiders From Marsも参加しているさ。「The Mick Ronson Memorial Concert」って作品は面白いよ。なぜかどういう間柄かロジャー・ダルトリーが参加しているしクィーンのロジャー・テイラーも参加しているし、もちろんイアン・ハンターも参加しているしね。

 そんな宙ぶらりんなバンドだけど、ボウイの近くにいてボウイを感じていた連中が奏でる音だから聴いちゃうよ。それがロックだから。…なんてね。でも面白いよ。

British Lions - British Lions

British Lions  英国の獅子、ブリティッシュ・ライオンズというバンドをご存じだろうか?バイオレンスロックンロールバンド、モット・ザ・フープルの残党メンバーと英国B級バンドメディシン・ヘッドの融合体として遅れ馳せながら1977年にシーンに登場したロックンロールバンドだ。メンバーの名前を言っても多分誰も興味ないだろうからなぁ…、ま、モーガン・フィッシャーが在籍したってことくらいがせいぜいメジャーな話なのかもしれない。ただ、B級なのかも知れないけど、英国のプライドを十二分に感じるに値するバンドの心意気は伝わってくるんだよね。単なるB級バンドだったら興味持たないからさ。

 ケイト・ブッシュは「おぉイングランド、私のライオンハート」と歌い上げ、その名曲を世に知らしめているが、英国人にとってブリティッシュ、もしくはイングランド…、まあこれは戦国の歴史の名残だけど、英国に於ける獅子=ライオンというシンボルは国の紋章にも表れているように崇めるべき生き物なんだろうなというのがロック界の節々からでもわかってしまう。それくらいの冠を被せてくるバンドというのはある種英国民を敵に回す可能性のあるバンド名だったんじゃないかな。でも時代的にはパンクムーブメントが起こり英国女王をバカにする歌が蔓延し、だからこそブリティッシュ・ライオンズというインパクトのある名前を付けたのかもしれない。ジャンルは全く異なるが同じく1977年にアルバム一枚をリリースしたイングランドというバンドがある。これも遅咲きの名盤一枚となるが、英国そのものをネーミングとしたバンドで何となく当時の英国の風潮として立ち上がれ、的な面が働いていたんじゃないかな。貴族階級と労働者階級の違いなのかもしれないけどね。英国の歴史は複雑だよなぁ。

 で、このブリティッシュ・ライオンズというバンドだが、ストレートなロックを奏でるバンドでバドカンあたりを好む人なら絶対大丈夫だし、演奏ももちろん悪くないので結構良いよ。アルバム的にはバンド名を冠したオリジナルファーストアルバム「British Lions」がジャケットもサウンド的にもインパクトを与えたアルバムなんだけど、1982年にはちょっと怪しいんだけどお蔵入り音源だったんじゃないかなとは思うセカンドアルバム「Trouble With Women」がリリースされている。こちらは未聴なんだけどさ。で、これまた後年になってから、何でだろ?わかんないけどリリースされたのがBBC音源とかの寄せ集め「Live & Rare」っつうブートレッグまがいのオフィシャル盤。もちろん彼等の歴史を知る上では重要な資料なんで、リリース自体は喜ぶべきものだよね。

 あ〜、またマニアックに書いてしまった。ま、でもね、こういうあぶれバンドってまだまだあるからさ。お楽しみに♪

Klaus Nomi - Klaus Nomi

オペラ・ロック(紙ジャケット仕様)  オペラってマジメにキチンと聴いたことないし見たこともない。これでは音楽ファンとしてはやっぱり大したことはないワケで、所詮ロック小僧なワケだと自覚する(笑)。高尚な音楽というものも存在するしクラシックの世界ってのはやっぱり芸術を創り出してるもん。産み出しているのではなく創り出している。ロックは割と産み出しているってのが多いけど。ま、そんな言葉遊びはともかく、オペラ歌手ってどんなんだろうなぁ…と思いつつロックでオペラの声やってるのって…、フレディ・マーキュリーくらいしか思い付かんなぁ…とネットで適当に検索。すると、これだ。

 「オペラ・ロック」っという邦題が付けられていたが故にヒットしまくった。ロックオペラだとちょっと違うけどオペラ・ロックだから、これだったんだ。そうか、なるほど…と。そういう分類で聴いたことはなかったし聴いたのも随分と昔の話で果たしてどんなんだったか…。っつうかあるのか、これ?とアレコレ…。印象深いジャケットとクラウス・ノミというキャラクターの濃さが圧倒的で、ウケるとかそういう次元を超えていて圧倒的なインパクトだよね。デヴィッド・ボウイとの共演でテレビに出ていた映像は見たことあるので、そのインパクトが強かったのと、ちょっと前にスカパー見てたらクラウス・ノミの生い立ちみたいな番組やってて、こんな人だったんだ…と改めて感じた記憶がある。結構苦労して変態的なことをやってた節もあるのと、そもそも素質があった、ってのもあるんだろうけど、やっぱりアングラな方だったんだと。

 そしてアルバム「オペラ・ロック」。なんつうか…、ナメてるっつうのか、アヴァンギャルドっつうのか…、斬新な展開と歌…。もともとオペラを専攻していたってのもあるからオペラチックな歌には多少できるだろうというものだったんだろうけど、基本パフォーマーだからちょっと無理があるんじゃない?なんて感じはあるけど、上手いヘタを超えて圧倒的にクラウス・ノミの世界。サウンドはニューウェイブ的な無機質なテクノ的サウンドが基本だけど、歌がもうヘン(笑)。冗談としか思えないけどさ、こういうのって他にいないしやっぱ独特のパフォーマンス世界。  …ず〜っと誰かの何かのアルバムに似ているなぁ…と思ってるんだけど何だっけかな?こういう手法と曲調と歌って…、思い出せない…。

 そして「The Cold Song」を聴いてふと思い出すのはあのスネークマンショー…、そうそう、これだ(笑)。こんなにシリアスな曲なのにウケてしまうのはいかん(笑)。